コピーライター・こやま淳子

こやまさんはどんなフリーになりたいの?

「こやまさんはどんなフリーになりたいの?」

会社を辞める相談をしたとき、その人は言いました。
その人は会社にいるとき、マーケの部署からクリエイティブに転身した方で、
フリーランスになってからは、ストラテジーとコピーライター両方できることを売りにしていました。
いまの時代はもうコピーが書けるだけじゃダメなんだ。
と、その人に言われているような気がしていた私は、そのときぐっと言葉に詰まってしまいました。
私が独立する2年前くらいの話です。

その後、私はその人の言葉をじわじわと噛み締めて、少しずつ覚悟ができてきました。
いや、やっぱり私は言葉で生きていくんだ。という覚悟が。
というか、それしか出来ないという方が正しかったわけですが。
コピーライターがコピーを追求して何が悪いというのか。
私は誰よりもコピーを大切にするフリーランスになるのだと、
開き直りにも近い覚悟をすることができたのです。

私は自分の名前のはじめの一文字をカギカッコに見立てたマークを作り、
事務所のロゴにしました。
ここからたくさんの言葉をつくっていきます。そんな意味を込めて。
2010年の4月1日、こやま淳子事務所を創立。
おかげさまで昨日、8周年を迎えました。

でもそれも、いま思えばその人がそんな問いかけをしてくれたからのように思うのです。
流行っている仕事のスタイルや、周りのおもしろい人たちの真似をしていても、
そこに覚悟がない限りはきっと中途半端な仕事しかできない。
その人がいたからこそ、その人とは違う道を選ぶことができ、
いまも自分が行くべき道を歩いていられるのだと思っています。

今朝、その人の訃報を聞きました。
そんなバカな。私よりちょっとしか先輩ではないその人の訃報。
原因も何もわからないうちに、お通夜とお葬式の詳細がまわってきました。

去年か一昨年、その人の事務所引越し祝いに伺ったときは、
まだお元気で、原宿の広々としたマンションで盛大なパーティを開いてらっしゃったのに。
「こやまさん、一緒に仕事しようよ」
そう仰っていたのに。

人はいつ亡くなるかわからない。
そんなショックと動揺の中で、昔その人がくれた言葉を、また思い出しました。

「こやまさんはどんなフリーになりたいの?」

今日はこの言葉をもう一度振り返りながら、これからの一年を考えてみようと思います。

おかげさまでこやま淳子事務所は9年目を迎えました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

こやま淳子

マンボウが好きです。

マンボウが好きです。

20歳のときに池袋サンシャインの水族館でマンボウを見て、
その、泳いでいるというよりは、ゆらゆらと浮いているだけにしか見えないその姿に
衝撃を受けました。

こんなにやる気のない生き物って、いるんだ。

それはぼーっとしているとか、うかうかしているとか、
そんな生易しいやる気のなさではなく、
自分自身が生きているかどうかもきっと知らないんだろうな、と思えるような、
壮絶なやる気のなさでした。

以来、私はマンボウのことが頭から離れませんでした。
それから2年ほど後に鴨川水族館かどこかに行って、マンボウのぬいぐるみを購入。
そのぬいぐるみをイラストに書いたりして、そのイラストをその頃macintoshに入っていたクラリスワークスというソフトで加工し、便箋にして配ったりしていました。
(なんだこのエピソード)

その頃、「癒される」という言葉は、まだいまほど流行っていなかったと思いますが、
一浪してバブル末期の早稲田大学に入り、
「なんだワセジョか」などと言われ、
びっくりするほどビールを無駄に一気飲みするサークルの先輩男子たちや、
その男子たちに群がり、ビールを注ぎ、派手に盛り上がる同年代の女子たちの中で、
けっこう私は疲れていたのかもしれません。
そのやる気のないマンボウの姿に、心底癒されたのだと思います。

その後、マンボウは1億個も卵を産むけどほとんど無精卵で孵らないとか、
せっかく生まれてきても精神が弱くて、例えば何かにぶつかるとすぐにショック死してしまうとか、
ときどき水面に浮かび上がって日向ぼっこをするから、英語ではサンフィッシュ(sun fish)と呼ばれているとか、マンボウのさまざまな情報を知るにつれ、
どんどんマンボウが好きになっていったのです。

というわけで、これまで私のブログのタイトルはずっと「東京サンフィッシュ」でした。
東京に住み、忙しく働き、またあくせくと遊んでいるけれど、いざとなったらマンボウのように生気をなくすことだってできる。
もちろん、生き生きと生きられることが一番いいのかもしれないですが、
長い人生には、死んだふりをしながら生きなきゃいけないことだってきっとある。
そんな風に考える私にとって、マンボウは心のお守りのような存在なのです。

ま、いろいろと書きましたが、そんなわけで、マンボウ日記というこの記事は、
日々思ったことをつらつらと結論もなく意味もなく書き連ねる場にしたいと思います。
マンボウあんまり関係ないな。

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