コピーライター・こやま淳子

アイデアは熟成する

徹夜とか長時間の打ち合わせとかには反対な私ですが、
できるなら仕事は毎日したほうがいいという持論もあります。

土日も祝日も、今日みたいなゴールデンウイークの中日でも、
コピーや企画を考えることは休まないほうがいい。
じゃないと休み明けがキツイのです。
コピーの書き方を忘れるのです。

発想というのは不思議なもので、ちょっとずつ毎日やり続けると
どんどん出るようになる。
例えば月曜日に5時間考えて、金曜日まで何もしないよりも、
毎日1時間ずつ考えたほうがいいアイデアが出る。
これは私の長年の経験から、はっきりと確実にそうだと言えることの一つです。
アイデアというのは寝かせると熟成するのです。

だから私は時間のない仕事があまり好きではありません。
「明日までに提出してくれる?」
という仕事です。
もちろん、できなくはない。
そういう仕事は、1日で提出したというだけで感謝されるし、
コストパーでいうとかなりいいギャラをもらえることも少なくはない。
けれどその1日で出した仕事を次の日見返したとき、
もっといいアイデアに熟成している可能性を放棄することになるのです。

まあそんなことを言いながらも、もちろん時間のない仕事がきたらやりますし、
それがプロだと思っていますし、
そのためにも仕事しなくていい日にもアイデアを出す訓練というのは有効です。
なんでもいいから考えたことを書いたり、架空の課題を自分に出して自分に提出したり、
そんなことがいざというときの訓練になると思っています。

SNSにくだらない投稿をすることだって、そのうちのひとつです。
くだらない投稿をして、誰かからコメントをもらい、
またそこにくだらない返信をする。それだって思考の訓練です。
なんてことをいつも考えながらやってるわけではないですが。
ちょっと正当化しすぎたでしょうか。

自分を感動でいっぱいにする

昔、某CMの仕事で、書道家の紫舟さんとお会いしたことがある。

書道家とは字の上手い人、というくらいの認識でいた私には、紫舟さんのお仕事は衝撃的だった。

たとえば「道」という字も、くねくねとしていたりして、本当に「道」という感じだし、
「雲」という字も、どんよりとしていて、どのような曇り空なのか想像が広がる「雲」なのだ。

もう10年近く前だったと思うけど、その頃からチームラボと組んで
自身の書かれた書をムービーにしたりされていた。

また、「ありがとう」と書いた書を立体のオブジェにして照明を当てた作品もあった。
後ろの壁に「ありがとう」の影が浮かんでいる。
「人が『ありがとう』というとき、その裏にはまた別の『ありがとう』が隠れていると思うんです」
そんな気持ちを作品にしたものだという。

書道とはデザインであり、そしてアイデアなのだった。

そんな紫舟さんのオフィスには、ゆりかごのような椅子がおかれていた。
「ゆらゆらと揺れているとアイデアが浮かびやすい」からなのだという。

「ライブで書を書くようなときは、その前に自分を感動でいっぱいにするんです」
ともおっしゃっていた。その感動が書に伝わり、観客にも伝わっていくのだと。

10年経っても、私はときどきその紫舟さんの言葉を思い出す。
そして、コピーを書くときも同じだと思うようになった。

時間のない仕事でも、クライアントの話を聞いたあとや、スタッフとブレストしたあと、一気にコピーが書けることがある。
あれは「自分を感動でいっぱいにしている」状態ではないだろうか。

逆に、全くその商品やブランドに共感できない状態のまま、いいコピーというのはなかなか書けない。
私がなるべくクライアントに会わせてほしい、取材をさせてほしいというのは、そういう理由がある。

一気にいっぱいにならなくてもいいかもしれない。
毎日少しずつ考えて行くなかで、その商品への想いが自分の中で飽和状態になる、ということもある。
それもまた「自分を感動でいっぱいにする」という状態かもしれない。

もちろん仕事だから、そんな状態にならなくても、納品することはできる。
けれど感動でいっぱいにしたときとしなかったときの差は、そのコピーの伝える力の差になってしまうような気がしている。

祝・働き方改革

某家電メーカーに勤めるエンジニアの友人と話していたら、
先日の「思いつきの科学」を裏付けるような話があった。

何かひとつのことをずっと考えさせたグループと、
途中でストップさせて、別のことをさせたグループでは、
別のことをさせたグループの方が思いつくアイデアの量が多かったという。
(かなりうろ覚えなので表現はいい加減だけど、意味は合っていると思う)

確かにわかる気がする。
すごく時間があって、じっくり考えられるぞと思っていても、
意外とそういうときは夜になってもたいしたアイデアが浮かんでいないことが多い。

反面、忙しかったり、または途中なにか別の用事が入って
考えを中断しなければならなかったときの方が、
短時間にパッといいアイデアが浮かんだりするものだ。

昔、やたら長い打ち合わせがあったけれど、
あれが本当に私は苦痛だった。
4時間、5時間、ひどいときは12時間の打ち合わせなんていうのもあった。
夜の7時に集まって、解散が2時。翌日また7時に集まるとか。
特殊な例ではなく、そんな打ち合わせ山ほどあった。

しかしいまはだいぶ変わった。
「スマートワーク」やら「働き方改革」の名のもとに、
そういう打ち合わせはかなり減った。
もしかしてまだやってるチームもあるのかもしれないけれど、
私の関わっている仕事に関していうと、皆無である。
いい時代になった。

そんなことではいい仕事できない、なんていう同業者もいるけれど、
私は本当に助かっている。
そもそも体力がない。睡眠不足に弱い。飽きっぽい。お腹が好きやすい。夜は飲みに行きたい。
そういう性質なので、長い打ち合わせが本当に苦手なのだ。

でもそれは、なによりも長い打ち合わせからいいアイデアが生まれない気がしていたからに他ならない。
人間、ひとつのことを続けて考えるのには限界があるのだ。
私がサボり体質だからではなく、科学的見地からそうなのだ。
理系の人が言ってたから多分間違いないと思う。

これからも私はひとつのことを長時間考えることなどせず、
夜は飲みに行って、ぐっすりと眠りたいと思う。

思いつきの科学

つい最近、NHKの「人体」という番組でやっていたんだけど、
なるほど、と膝を打つような話があった。

アイデアを思いつくときの脳の状態は、ぼーっとしているときの脳の状態に
非常に近しいものがあるらしい。

だから私たちは電車に揺られたり、シャワーを浴びたり、ソファでウトウトしかけたりしているときにアイデアを思いつくのだろうか。

脳って不思議で、ずっと酷使しすぎるとオーバーヒートして
うまく働いてくれない。ということは、この20年以上アイデアを考える仕事をしている経験で、なんとなくわかっていた。
ヤングさんという人の「アイデアのつくり方」という本の中でも、
「資料を集める」「考える」という流れの中に
「一度忘れる」というプロセスがわざわざ入っている。
この「一度忘れる」というプロセスは、脳科学的にも正しかったのだ。

そんなわけで、最近の私は、以前にも増して積極的にぼーっとしている。
もっとぼーっとした人間になれるよう、精進したいと思っている。

© 2018 koyama junko